従業員が交通事故を起こしたら?企業の負う民事上の責任とは
一般的に交通事故を起こした場合、刑事上、行政上、民事上の責任を追うことになります。 それでは、従業員が社用車を使用して業務中に事故を起こした場合はどうでしょうか。 ここでは主に民事上の責任について考えてみましょう。
◆不法行為による損害賠償~民法709条
まず運転していた従業員は、民法709条に規定する不法行為に基づく損害賠償責任を負う立場にあります。具体的には怪我の治療費や亡くなった場合にかかる葬儀などの費用、また自動車などの修理費をはじめ、事故がなければ得られただろう休業損害や逸失利益、精神的な損害に対する慰謝料なども補償しなければならない場合も考えられます。
(不法行為による損害賠償)
第七百九条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。
なお、一般に不法行為責任とされる要件は以下5項目とされています。
- (ア)故意または過失のある行為であること
- (イ)他人の権利または法律上保護される利益を侵害したこと
- (ウ)損害が発生していること
- (エ)行為と損害との間に因果関係があること
- (オ)行為者に責任能力があること
◆使用者責任~民法715条
次に企業や管理監督者が民事上負う責任が民法715条で定められている使用者責任です。
(使用者等の責任)
第七百十五条
- ある事業のために他人を使用する者は、被用者がその事業の執行について第三者に加えた損害を賠償する責任を負う。ただし、使用者が被用者の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき、又は相当の注意をしても損害が生ずべきであったときは、この限りでない。
- 使用者に代わって事業を監督する者も、前項の責任を負う。
- 前二項の規定は、使用者又は監督者から被用者に対する求償権の行使を妨げない。
ここで使用者責任について簡単に触れておきたいと思います。従業員が仕事上のミスなどで第三者に損害を与えてしまったときに、それによって生じた損害の直接的な加害者でない雇用主や管理者側が、損害賠償責任を負うことをいいます。
使用者責任は、従業員本人が民法709条による法的責任を負うことが前提条件とされます。その上で次の各要件が認められた場合、使用者である企業や管理者が、被害者との関係において責任を負うことを定めています。
- (ア)被用者と使用者の使用関係
- (イ)事業の執行について 被用者の行為がなされること(事業執行性)
- (ウ)被用者の行為により第三者に損害が生じること
なお、被用者によって生じた損害について、使用者が責任を負うとされる根拠となるのは、「使用者は被用者の活動によって事業範囲を拡大して利益を上げているのだから、利益のあるところには損失もある」という『報償責任』の考え方と、「人を使用して自己の活動範囲を拡大する場合には、社会に対する加害の危険を増大させるのだから、使用者がその危険を支配する者として賠償責任を負う」という『危険責任』の二つの考え方からとされています。
(ア)~(イ)の要件をもう少し詳しく見てみましょう。
まず、(ア)についてですが、基本的には雇用、委任その他の契約による「使用者」であることに加え、使用者と被用者の間に指揮・監督関係が成り立ち、業務に従事する場合も該当します。
例えば、過去の判例によると、請負契約の関係であっても下請人の不法行為が認められ、下請人と元請人の間に実際の指揮・監督関係があれば、元請人も使用者責任を負うべきとされます。この場合の使用関係というのは、報酬の有無も無関係であり、たとえ一時的なものであっても認められる場合があるので、特に注意が必要です。
(イ)の事業の執行についてという部分は、厳密には解釈が難しく、判断が分かれるところでもあります。
広くは「仕事中」という意味なのですが、実際の業務を行っているのかどうかという判断は、「被用者の行為の外形を広範囲に捉え、客観的に観察するもの」とされています。つまり、事業や職務の範囲そのものには属さないとしても、それが被用者の職務行為の範囲内に属すると認められれば「事業の執行について」なされているということです。
このあたりの解釈は、個々の案件によって判断が異なりますが、例えば従業員が社用車を会社に無断で使用し、事故を起こした場合にも「事業の執行」が認められることがありうる、ということに留意する必要があります。
◆使用者の求償について
使用者責任は被用者の不法行為によって生じるのですから、使用者が被害者に損害賠償責任を果たした場合は、被用者に求償をすることができるとされています。(民法715条3項)。
ただし、使用者は被用者を使って利益をあげているという『報償責任』の考え方に基づくと、その被用者を使うことによって生じた不利益をも、甘んじて受けるべきだというのが通説的な解釈とされており、裁判例などからすると使用者の求償権は大幅に制限されることが多いといえます。
最高裁判所第一小法廷昭和51年7月8日判決
使用者が,その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により,直接損害を被り又は使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被つた場合には,使用者は,その事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において,被用者に対し右損害の賠償又は求償の請求をすることができるものと解すべきである。
この判例では、使用者が第三者に使用者責任に基づいた賠償をした場合、使用者は信義則上相当と認められる限度のみ、被用者に対して求償の請求ができるとしています。
一方で、被用者が第三者に損害を与え、賠償をした場合に使用者に対して求償できるかについては、これまで判例すらないのが実情でした。
しかし令和2年2月28日判決により、初めてとなる最高裁の判断が示されています。
最高裁判所第二小法廷令和2年2月28日判決
被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え,その損害を賠償した場合には,被用者は,使用者の事業の性格,規模,施設の状況,被用者の業務の内容,労働条件,勤務態度,加害行為の態様,加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし,損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について,使用者に対して求償することができる。
本事案において最高裁は、被用者が第三者に損害の賠償をした場合、その全部または一部について、使用者にも負担すべき場合があるとし、被用者から使用者に対する求償を認めるとしました。こうした判断は初であり、実務上の影響は非常に大きいものとなります。
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